生死

死にたいという気持ちが生きたいという気持ちに変わり
生きたいという気持ちが死にたいという気持ちに変わり
その循環を繰り返して、恐怖を吐き出していた
そして今、その末にたどり着いた場所
生きたくない、そして死にたくない
これが行き着くべき場所だったかもしれない


一つの方向へひきつけられる事が、走っていく事がエネルギーとなり
別次元へと我々を連れて行ってくれる
いくら両者の否定がその新しい世界への道だとわかっていても
生々しい感情と共に、生々しい実感と共に
がむしゃらに行為し、思考した末にしかそこに立つことはできない
さもなくば見上げることしかできない
そこに立った人間にしかその小さな差に気づくことはできない
差が小さいということに気づくことはできない
いかに完璧な道が示されていても
それは地図に過ぎなくて
それを頼りに世界を歩くのはその世界に生きている自分自身しかありえない
無駄なことなんて無い
それを行った、それを感じた自分はそこにしかいないし
だからこその今の自分なんだ
さらに言えば、地図のnが増える
それだけでも有意義だと思える心があるはずだ
人は自分によって救われるんだ




上の段落だけ書くつもりで書き始めたら、つらつら進んじゃったね
アウトプットすることで新しい発見があるってことだね